Table of Contents
前書き
映画を観る前、何を求めてその映画を観るだろうか。と、ふと思うときがあります。
→大迫力のCGをこれでもかと詰め込んだアクション映画でスカッとしたい?
→休日の昼下がり、コーヒーを飲みながら心温まるロードムービーで穏やかになりたい?
→それとも、どうしても眠れないから睡眠導入剤としてどうしようもないクソ映画を垂れ流す?
映画の楽しみ方は人それぞれ。それこそ、映画と人間をかけ合わせた数だけ存在すると思います。
―――では、この映画は?
prelusion
巷で話題の映画です。
ここ最近はプライベートが忙しく、なかなか映画を観るタイミングが取れずにいました。そのせいで『ザ・ザ・コルダ』も『ホウセンカ』も『愛はステロイド』も観る機会を逸してしまいました。悔しい!
今回はそんな事態にならないよう、事前に仕事を終わらせ、時間を作り、なんとかかんとか鑑賞に漕ぎ着けました。
いやぁ~~~~佐藤二朗すごいですね。
佐藤二朗といえば福田雄一とよく組まされているおもしろおじさんというイメージが強いです。勇者ヨシヒコの仏とかね。本当にああいうイメージが根強かったです。私の中で。が、どうやらそれだけではないらしいぞ、と。
『さがす』や『あんのこと』あたりの佐藤二朗は上記のおもしろおじさんとは一線を画した本格俳優であるらしい、という話までは聞いていたのですが、実際に観る機会になかなか恵まれませんでした。特に『あんのこと』は題材が題材なのでそういう意味でもなかなか……な感じで。
佐藤二朗演じるスズキタゴサクの怪物ぶりたるや! 冒頭から続くとぼけたタゴサク、中盤以降ある問答をきっかけに激昂するタゴサク、そして、最後、山田裕貴演じる類家のセリフに泣き笑いとも言える特大の感情をぶつけてくるタゴサク。様々な表情、感情、情動、その境地をまざまざと見せつけられました。
しかもこの演技を取調室という狭い空間で全部やってのけているのですよ。その上登場人物の誰よりもセリフが多い。そしてあれほどの演技力。凄まじいという他ない。福田雄一版しか知らない人は是非観てほしいです。圧倒されてほしいです。
佐藤二朗含めた役者陣はどれも曲者揃いで、一概にどいつが良かったとかは評価しづらいです。染谷将太演じる等々力も、渡部篤郎演じる清宮も、そして山田裕貴演じる類家も。どいつもこいつも癖があって、フィクションの中にいるとは思えない人間臭さがたまりません。本作は原作があり、私は未読ですが、きっと原作でもこの人間臭さが色濃く漂っているのでしょう。
本編は東京各地に仕掛けられた爆弾を無邪気な無敵おじさんであるタゴサクの霊感(ヒント)を頼りに解除していくお話です。もちろんそれだけではないのですが、これ以上言ってしまうと致命的なネタバレになるので控えます。
本編に関してもうひとつ。
SNSで「中盤までは良かったけど、終盤にさしかかるくらいに尻すぼみになった」という感想をよく見かけます。
私もそう思います。
しかし、それはこの映画の泥沼のような策略なのです。
本編途中で「二兎を追う者は一兎をも得ず」の言葉と共に、被害者を選別させるようなエピソードが挟まってきます。赤か青か、好きな方を切れ、というやつですね。
尻すぼみだなと思った(私を含む)そこのあなた、爆死する人が、そんなに観たかったのですか?
「いや、そういうわけじゃない」
「爆死ではなく、もっとスマートな展開が観たかった」
「少なくともあの終わり方では消化不良だ」
「俺ならもっと上手くやれる」
……どう言い繕おうと、結局はスズキタゴサクの手のひらの上です。
本作を観るにあたって注意点があります。ものすごく、不快な気分になります。 ありとあらゆる手を使ってあなたの心を不快にしていきます。それこそ、容赦なく、じわじわと。実際に私が鑑賞していた時も、中盤辺りで女性二人が席を立ったまま帰ってきませんでした。鑑賞済のみなさんならわかってくれると思いますが、あのシーンです。
しかし、その不快感を持ってこそ、この映画は完成すると思っています。 ベタな言い方をすれば、人間は誰しもが闇を抱えて生きています。それこそ、爆弾のように、一度触れてしまえばあっけなく爆発してしまうような、そんな闇を。この映画を観終わった後、あなたはとても嫌な気持ちを抱えたまま映画館を後にすることでしょう。しかし、それこそがこの映画があなたに伝えたかったことだと、私は思っています。
あなたは心に暗い爆弾を抱えている。その大きさや威力まではわからないけれど、その事を忘れてはいけない。そして、そういった爆弾を抱えているのはあなた一人だけではない。
私にはそう聞こえました。