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前書き
最後に何かに夢中になったのは、いつのことだろうか。
大人になると、そのような事をふと考える時があります。
子供の頃に何かに夢中になって取り組んだものがいくつかあると思います。スポーツ、ゲーム、勉強……夢中の度合いこそ異なれど、物心ついた時から一切何も興味を示してこなかった、という人は少ないと思います。
夢中になって何かに取り組む姿勢はとても素晴らしいと思います。しかし、決まって外野は言うのです。
「そんなの、時間の無駄だ」と。
成果が見えない何かに対して夢中になって取り組んでいると、大人は、いえ、外野は良くない感情をぶつけてきます。勉強でさえそうです。自分と違う勉強の仕方をしている人に対して「そのやり方は間違っている」「非効率だ」とヤジを飛ばす人、いますでしょう?
何かに取り憑かれるように夢中になっている人とは、得てして白い目を向けられるものなのです。
prelusion
観るつもりはなかったんですよ。あぁ、よくあるアーティスティックで尖った作風の、でも展開がなんとなく予想できてしまうアニメ映画なんだろうなぁ、と。予告を何回か見た時点ではそれ以上の感情はありませんでした。
ところが、初日を終えた次の日あたりから「こいつは凄いぞ」「作画で敬遠しているなら勿体ない」「多くは語れないからとにかく観てくれ」……絶賛の嵐。それならばと、時間を作って今日観てきたわけですよ。
いやぁ……
凄かったなぁ……
イタリア(仮)を舞台にした一目惚れ男のドタバタラブコメ映画かと思っていました。実際に本編の前半あたりまではそんな感じで、予告である程度予想できる展開です。
一度夢中になると見境なくトリツカレたように没頭する男、ジュゼッペ。
三段跳び、探偵、メガネ、昆虫採集、語学学習、歌……仕事中であろうと何であろうと、一度トリツカレてしまうとそればかりになってしまう。バイト先であるレストランのオーナーは、彼のトリツカレっぷりを熟知しており、トリツカレる度に「使い物にならない」と休職を言い渡す。常連客も彼の特性を知っているらしく、呆れながらも見守る関係性。
そのジュゼッペに拾われたネズミ、シエロ。
家族から追いやられ、孤独の中で道を歩いているところでジュゼッペに拾われた。彼と生活を共にする中で、いつしかネズミ語を習得した彼と会話をするように。世話焼きな一面もあり、彼からの願いはなかなか断れない。
“東の国”から来た風船売りの女性、ペチカ。
ジュゼッペが公園で昆虫採集をしている時に見かけた風船売りの女性。青い蝶を追っていたジュゼッペだったが、彼女をひと目見た瞬間トリツカレてしまった。様々な出来事を経て彼女と友達になれたが、その素敵な笑顔にチラつく何かが気になり、ジュゼッペはシエロに調査を依頼する……。
基本的にこの2人と1匹を中心に物語は進んでいきます。
ペチカの笑顔に隠された何かが気になってしまうジュゼッペ。その謎を調査していくうちに衝撃の展開が……というのが本作のミソでもあります。
まるで絵本みたいだな、というのが率直な感想でした。
絵本のようなキャラ、絵本のような設定、絵本のような世界観、絵本のような展開……ミュージカル映画ということもあって随所に挟まれる歌唱シーンも素晴らかったです。これはこれで優しい気持ちになれるので悪くないのですが、そこまで絶賛されるほどかなぁ? と思っていました。
あの男が出てくるまでは。
……や、悪い男ではないのです。決してヴィランとかそういう類ではなく、全身を善性で塗り固められたような気の良い男で、実際私もあの男が大好きです。あんな良い男なかなかいないですよ。
ただ、あの男が出てきてから物語は凄まじい方向へと舵を切ります。
ジュゼッペのトリツカレ体質は、外野から見ると時には迷惑でしかない時もあります。「そんな事をして何になる」と言いたくなる瞬間も掃いて捨てるほどあったでしょう。
そんな無駄とも言える時間を孤独に積み重ねてきたジュゼッペだからこそ、様々な物や事にトリツカレてきたジュゼッペだからこそ、ペチカの違和感にただひとり気付き、その原因・真相にたどり着けたのです。
ペチカの過去、シエロの調査スキル、そしてジュゼッペのトリツカレ体質を上手に上手に料理した結果、本作は「よくあるミュージカル映画」から「私のオールタイムベスト」へと見事に昇華されました。えぇ、本作は私のオールタイムベストです。フルコース入りです。お前はトリコ?
ところで本作の監督は高橋渉です。そう、『ロボとーちゃん』や『ユメミーワールド』、そして『天カス学園』の高橋渉です。クレしん映画でよくありがちなギャグテイストなアクションシーンあるじゃないですか。本作はアレがずっと続きます。
ストーリーだけでなく、そういったアニメーション作品としても十全に楽しめました。予告からして特徴的な作画だと思った人は結構いると思います。私もそうです。本作はこの作画でないと魅力が伝わりきらないと、本能で理解できました。凄まじい映画です。
とはいえ、作画が少々マニアックであることに変わりはありません。興行収入が奮わなければ最悪の場合12月すら拝めずに終映してしまう可能性があります。本作はそんな事になってほしくないとても素敵な作品です。作画で気後れしているだけであれば、是非、映画館へ足を運んでください。そして感想を聞かせてください。吸いますので。
……
「恋は盲目」と人は言います。ジュゼッペも、ペチカを愛するあまりに常識では考えられない行動をとります。シエロに「お前はバカだ、大バカだ」と言わせた常軌を逸した行動でさえ、私には愛おしく感じられたのです。それほどまでに、人を愛するという行動や思考は、時には愚かに思えたり、愛おしく感じられたりもするのです。
最後に何かに夢中になったのは、いつのことだろうか。 私は、家族に、そして、妻に、今もトリツカレています。