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マスターズ・オブ・ユニバース(2026年)

/ 7 min read

巷ではいつの間にか『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のような隠れ名作と評価されていて地味~に気になっていた。そしてそのままいつの間にか近所の映画館で終映が近くなっていたので思い切ってレイトショーで鑑賞。端的に言えば大満足のド傑作。大満足。

さて、感想

まず冒頭からイカついエレキの劇伴で心を奪われる。そこから主人公(と思しき男の)独白が始まる。……この冒頭の語りで「この映画はこれくらいの温度感で肩肘張らずに観ることができるんだな」と思わせてくれる、良い導入だったと思う。

故郷独白兼世界観説明の冒頭から地球パートへ移り、主人公アダムのうだつの上がらない生活が始まる。この地球パートはやや退屈な時間が続く。しかし、この退屈さが本編を通して観終わった後にアダムの成長を感じられるベースとなって活きてくる形になっている。それでも個人的にはもう少し面白さが欲しかったなと思う、なんとも歯がゆいパート。

そこから先、地球から故郷へ戻ってからはファンタジーアクションとして王道の展開で面白さを見せつけてくれます。タダの王道じゃねぇぞ……ド級の王道、ド王道だ!

Twitterではスケルター様が大人気のようですね。ちょっと三枚目な雰囲気を醸し出しつつしっかり悪として相容れられない感性を見せつけてくる、まさに悪の親玉です。私もだいすき。ただ、それでも私は子を持つ親として近衛団長のダンカンは見逃せませんでしたね。彼の強さは敵を倒す強さにあらず。味方を守る強さにある。敵を倒すのではなく、敵から味方を守る、それこそが大事なのです。

肝心要の力の剣も、それ単体を手に入れたところで何か凄いことが発生するわけではありません。……いや、筋骨隆々にはなります。が、それだけです。何か特殊な戦闘術やそれ以外のスーパーパワーが身につくわけではありません。あくまで異常なまでの筋力が身につくだけです。力の剣が与えてくれるのはここまで。その力をどう扱うかは、与えられた者次第なのです。

また、この映画は完全に男の子向けのように見せかけながら、その実「男らしさとは何か」に真っ向から反抗していきます。上述したように、力とは強きを倒すためではなく、弱きを助けるためにこそ使うのです。そんな中、剣から力を受け取ったアダムはスケルターとどう立ち向かうのか。

それはそうと、スケルターのなんともこってりしたキャラデザよ。スケルターに限らず、世界観の設定や話の流れなど、どうにも80年代のベタベタなファンタジーアクションの王道を擦りまくっている。おそらく、というか絶対意図的にやっているのだろう。「うだつの上がらない主人公が力の剣を手に入れて悪の親玉を倒す!」、うん、ベタにも程がある。主人公であるアダムの見た目も筋骨隆々になるし。ピンからキリまで、頭のてっぺんから爪先に至るまで。ベタベタです。

このベッタベタな設定を、この21世紀に入った今、改めてお金をかけて新作映画として作った狂気!私はここに称賛を送りたいのですよ。なかなかないですよ、きょうびこんなベタな展開。例えるなら、スターウォーズ456をあらためてもう一回リマスターで最初から作る、本作の公開はそれくらい荒唐無稽なことだと思います。……言いすぎかな?

観るのが少し遅れてしまったため、今では既に終映している映画館も出ているようです。今年の映画ベスト10に食い込むと高評価の本作、映画館で楽しんでほしいです。ちなみにスケルター様は杉田智和が吹き替えしています。

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